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ラーニングコーナー

2019/07/30

幹細胞(ES/iPS細胞)の培養ワークフローにおける各ステップのポイント・注意点

  • 用途別細胞培養

ヒト胚性幹細胞(ES細胞)および人工多能性幹細胞(iPS細胞)の研究の発展により、近年より一層創薬応用、臨床応用が進みつつあります。培養方法も当初はフィーダー細胞上で行われていましたが、最近ではフィーダーフリーが一般的になってきており様々なものが利用されています。また維持培養に用いられる培地も目的に応じて多種多様です。

本稿ではES/iPS細胞の培養に関わる事項、および培養ワークフロー(維持培養→継代培養→細胞凍結→細胞解凍)における各ステップのポイント・注意点をまとめました。

ES/iPS細胞 維持培養のポイント

ヒトES/iPS細胞の維持/メンテナンスおよび増殖では、各継代で高品質の幹細胞を維持するために、慎重な取り扱い技術と組み合わせて、最適化された培地の使用が必要です。目的や用途に合わせて、含まれるコンポーネントを確認しつつ培地を選択すべきです。

また同時に ①得られる細胞数、②核型・遺伝子への影響、③最適な培地pH、④分化能の維持、⑤未分化の維持 に対してのデータも重要です。各項目について以下に解説します。

得られる細胞数

得られる細胞数は、死細胞(アポトーシス)の減少、細胞接着の良さ、安定した増殖によって増大します。気を付けるべきなのは、細胞の分裂スピードです。その速度が速くなることで増殖能が高く見えることがありますが、通常の分裂速度でなければ適切とは言えません。

細胞数が多く得られるのは良いことですが、細胞分裂の状況変化を背景とした分裂速度の上昇が原因ならば一概に良いとは言えないと考えられています。例えば、下記の検証データでは、mTeSR Plus(ES/iPS細胞維持培地 mTeSR1 のアップデート品)によって得られる細胞数がmTeSR1に比べて増加していますが(右グラフ)、その原因は細胞分裂速度の上昇ではない事がわかります(左グラフ)。つまり、mTeSR Plusでは培地環境が改善されたことによって、細胞のアポトーシスが減少したり、よりしっかりと接着できるようになったため、最終的に得られる細胞数が増加したという事になります。

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hPSCsの品質管理の詳細については、STEMCELL Technologies社所属の研究者によるプレゼンテーション「ES/iPS細胞の品質維持・確保への挑戦」もご覧ください。2019年4月に日本国内にて行われた「STEMCELL Technologies社 R&DによるES/iPS細胞の品質維持に関してのセミナー」で収録されたものです。

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核型・遺伝子への影響

細胞の長期培養・継代において、核型への影響やCNV(copy number variation)、SNV(single nucleotide variation)などが起こる可能性は十分に秘められています。通常の維持継代の際のルーチン的な確認、また分化に移行するタイミングといったイベント発生時の確認など、施設でのルールを明確にしておくことをお勧めします。

関連製品:3時間で核型異常検出ができるキット hPSC Genetic Analysis Kit

高品質な幹細胞(ES/iPS)培養・評価・アプリケーションの【E-learning】は、こちら>>

「ES/iPS細胞の遺伝的安定性」についてのウェビナーは以下よりご覧ください。
(視聴にはSTEMCELL Technologies社ホームページへのログインが必要です。)

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最適な培地pH

活性酸素種(ROS: reactive oxygen species)、栄養素の枯渇、乳酸などの代謝産物の蓄積といった環境ストレス要因の、DNA損傷への潜在的な寄与については調査されており、その結果、遺伝的異常の確率が高まる可能性があります(Wilmes A et al. 2017, Jacobs K et al. 2016)。

pHについては、7.0未満の細胞外環境の酸性化が解糖速度を弱めることが示されており、6.9未満はDNA損傷の大幅な増加と相関しています(Jacobs K et al. 2016)。

以下のデータは、DNA損傷を直接検出するコメットアッセイ(Alkaline COMET assay)で、培地のpHが低下するにつれ、増殖させたヒトES細胞のDNA損傷が増加したことを示しています(pHA: 7.37±0.01; pHB: 7.25±0.01; pHC: 7.07±0.02; pHD: 6.79±0.05 ) (n = 3, p < 0.05; ANOVA)。(Jacobs K et al. 2016よりFigureの抜粋)

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さらに、培地の酸性度を下げるだけでアポトーシスが減ることが示されています(Liu W et al. 2018)。ES/iPS細胞は、生理的pH範囲(7.2〜7.4)で最もよく維持されます(Ludwig T et al. 2006)。

一般的に、健康的な細胞外環境を確実にするための好ましい方法は、老廃物を除去し栄養素を補給するために毎日新鮮な培地を細胞に供給することです。

さらに最近になって培地緩衝化の進歩により、培地交換を必要とせずに、細胞密度が高い場合でもpHを72時間まで安定に保つことが可能になりました。例えば、STEMCELL Technologies社のES/iPS細胞培地 mTeSR Plus は、pHが安定化され、培地交換が週2回でも高品質な細胞が得られます。

分化能の維持

ES/iPS細胞の大事な要素の一つである「多能性」が維持されている事が重要です。培地によっては一定の方向への分化がしにくくなったり、一定の方向への分化がしやすくなったりするとも言われています。

目的にもよりますが、基本的にはすべての方向への分化能を有していることが重要と考えられます。そのためには定期的に分化能が維持できているかを確認する必要があります。

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ヒトES/iPS細胞株が3つの胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)に分化する能力を機能的に検証する方法は、EB法とテラトーマ形成試験が良く使用されています。これらの時間がかかり標準化が難しい方法に代わる、わずか7日でヒトES/iPS細胞の分化能評価ができる培地キット STEMdiff Trilineage Kit (ST-05230) も開発されています。

また、ES/iPS細胞株が3つの胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)に分化する能力を確認するために、良く用いられる未分化マーカー(Nestin、PAX6、NCAM、Brachyury (T)、CXCR4、SOX17)の抗体は下表をご参照ください。

抗体 Species reactivity Isotype 製品コード

Anti-Human Nestin Antibody
(外胚葉)

Human; Cynomolgus IgG1, kappa ST-60091

Anti-Human PAX6 Antibody
(外胚葉)

―――――― ―――――― BD社
Anti-Human CD56 (NCAM) Antibody(中胚葉) Human IgG1, kappa ST-60021
Brachyury (T) (中胚葉) ―――――― ―――――― R&D Systems社
Anti-Human CD184 (CXCR4) Antibody(内胚葉) African Green Monkey; Human; Rhesus; Cynomolgus; Baboon; Chimpanzee; Sooty Mangabey IgG2a,kappa ST-60089
SOX17(内胚葉) ―――――― ――――――

R&D Systems社

未分化の維持

ES/iPS細胞は未分化な状態です。未分化マーカーがしっかりと確認できるかは重要になります。ES/iPS細胞は維持培養をしていても多少の分化はすると言われています。そこで重要なのは分化してした(もしくはしそうな)細胞を継代の際に持ち込まないことです。

ES/iPS細胞は、糖脂質抗原SSEA3およびSSEA4、ならびに糖タンパク質抗原TRA-1-60およびTRA-1-81などの特定の細胞表面マーカーによって特徴付けられます。これらの抗原は、最初にヒト胚細胞がん由来の胚性癌腫細胞株上で同定され(Andrews et al., 1996)、また着床前のヒト胚の内部細胞塊の細胞を特徴付けます(Henderson et al., 2002)。

転写因子OCT3 / 4、SOX2、およびNANOGもES/iPS細胞によって高度に発現され、「多能性ネットワーク」における重要な要素です。

それらは未分化状態の維持および多能性幹細胞の生成において役割を確立しています。高品質の培養では、これらの細胞表面マーカーと細胞内マーカーはほぼすべての細胞で均一に発現しているはずです。

ES/iPS細胞の未分化性を確認によく用いられる未分化マーカー(OCT4/3、TRA、SSEA)の抗体は、下表をご参照ください。

細胞表面マーカー

抗体

Species reactivity

Isotype 製品コード     
Anti-Mouse SSEA-1 Antibody, Clone MC-480 Human, Mouse, Rat IgM, kappa (Mouse)    ST-60060  

Anti-Mouse SSEA-3 Antibody, Clone MC631

Human, Mouse, Rat, Rhesus IgM, kappa (Rat) ST-60061
Anti-Human SSEA-4 Antibody, Clone MC-813-70 Human, Mouse, Rat, Rhesus, Cat, Chicken, Dog, Rabbit IgG3, kappa (Mouse)        

ST-60062        

Anti-Human SSEA-5 Antibody, Clone 8e11 Human IgG1, kappa (Mouse) ST-60063
Anti-Human TRA-1-60 Antibody, Clone TRA160R Human, Rhesus, Rabbit IgM, kappa (Mouse) ST-60064
Anti-Human TRA-1-81 Antibody, Clone TRA181 Human, Rat, Rhesus IgM, kappa (Mouse)

ST-60065

Anti-Human TRA-2-49 Antibody, Clone TRA249/6E Human, Chimpanzee, Gibbon, Gorilla, Orangutan, Owl Monkey, Squirrel Monkey, Cat, Pig, Rabbit, Tiger IgG1, kappa (Mouse)

ST-60066

Anti-Human TRA-2-54 Antibody, Clone TRA254/2J Human, Chimpanzee, Gibbon, Gorilla, Orangutan, Owl Monkey, Squirrel Monkey, Cat, Pig, Rabbit, Tiger IgG1, kappa (Mouse)       

ST-60067   

細胞内マーカー

抗体

Species reactivity

Isotype 製品コード     
Anti-Human OCT4 (OCT3) Antibody, Clone 3A2A20 Human IgG2b, kappa (Mouse) ST-60093 

ES/iPS細胞 基底膜のポイント

ES/iPS細胞のフィーダーフリー培養において、培地と同様に重要なのがその基底膜(マトリックス)です。ES/iPS細胞培養においては、Matrigelが世界的に最も使用されておりますが、それ以外にもLamininVitronectinといったものも使用されています。ここでもそれぞれの特性を把握した上で目的に応じた基底膜の選択が必要になります。またLamininやVitronectinはメーカーによって状態が異なるものが多く販売されておりますので、多少の注意が必要です。

よく利用される基底膜の種類

基底膜 内容 特長
Matrigel マウス抽出物 クラスター培養で主に使用されており、hPSC培養において世界中で最も使用されている。マウス抽出物のため、臨床応用の際に課題が残る場合がある。
Laminin 市販のLamininのほとんどはリコンビナント Lamininはほぼ全ての細胞を囲む糖タンパクで、これまでに15種類が発見されている。hPSCの場合にはLaminin-521またはLaminin-511が利用されている。
Vitronectin 血液や各組織の細胞外マトリックスに存在する糖タンパクでhPSCの維持培養が可能な基底膜として知られる Matrigelの代替品として多く利用されている。様々なものがあるが製品によってはXeno-Free環境も実現可能。

ES/iPS細胞 継代のポイント

継代の方法として、細胞塊の状態で播種する「クランプ継代」と、単一細胞にまで分散させて播種する「シングルセル継代」があります。分化やゲノム編集などの際にはシングルセル化が要求されることが多いですが、通常のメンテナンス及び継代においてはクランプ継代が安全と言われているので使い分けが必要です。
詳しくは「クランプ継代 vs シングルセル継代」をご参照ください。

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なお、継代の際に細胞を剥がす方式は、「酵素的剥離」、「非酵素的剥離」、「物理的剥離」に大別されます。
物理的剥離には分化した部分などを自分の眼で見ながら除去できるといった利点がありますが、手間がかかるといった短所も存在します。酵素的剥離のための試薬は数多く市販されていますが、酵素で剥離したシングルセルの継代は、限られた期間だけ使用された場合でもES/iPS細胞のゲノムにとって非常に有害であり得ることが示されています(Bai Q et al. 2015)。そのため非酵素的剥離を推奨いたします。

製品例: STEMCELL Technologies社のクランプ継代用非酵素的剥離試薬 ReLeSR

ES/iPS細胞 凍結保存のポイント

目的のES/iPS細胞を樹立した後に、なるべく少ない継代数でその細胞を凍結保存しておく必要があります。凍結保存用の培地も様々なものが発売されていますが、クランプ(細胞塊)での保存に適したもの、またはシングルセルでの保存に適したものなどがあるので、そのあたりも注意すべきです。

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凍結保存は、樹立および増殖後の幹細胞培養サイクルにおいてhPSCの品質に影響を与える最も重要なステップの1つです。高い細胞生存率と機能を維持するために、動物成分不含有・definedな条件で、ES/iPS細胞を効率的に凍結保存することを推奨します。

製品例: STEMCELL Technologies社の動物成分フリー凍結培地 CryoStormFreSR

参考文献

  • Wilmes A et al. Toxicol In Vitro 45(3): 445–454, 2017
  • Jacobs K et al. Stem Cell Reports. 6(3): 330–341, 2016
  • Liu W et al. Int J Biol Sci. 14(5): 485–496, 2018
  • Ludwig T et al. Nature Biotechnol. 24(2): 185–7, 2006
  • Henderson J et al. Stem Cells. 20(4): 329–337, 2002
  • Andrews P et al. IJC. 66(6): 806–816, 1996

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