ログインVERI+CLUB へログインが必要です。
メールアドレス
パスワード

パスワードを忘れた方

研究者の声

2021/08/04

ヒト生検由来腸管オルガノイドを用いた単層膜培養系の確立 - 薬物動態評価系への応用を見据えて 研究者の声【32】

  • 用途別細胞培養

「オルガノイド研究ハンドブック」では、腸管・脳・膵臓・肝臓・腎臓・肺オルガノイドの培養プロトコル、アプリケーション、文献、FAQなどを紹介しています。

OrganoidHandbook-banner.jpg

錠剤やカプセル剤などの経口投与医薬品は、腸管(主に小腸)で吸収されると同時に代謝・排泄される。そのため、医薬品候補化合物の腸管における吸収・代謝・排泄の程度を評価することは、創薬研究において重要な検討項目である。現在、ヒト生体由来(初代培養もしくは凍結)小腸上皮細胞はその入手、および長期に渡る培養が困難であるため、Caco-2細胞※1などのがん細胞株や、マウス、ラットなどの実験動物を用いて、医薬品候補化合物の腸管における吸収・代謝・排泄を評価している。しかし、がん細胞株では薬物代謝能が低いこと、実験動物ではヒトとの種差があること等が原因で、正確に医薬品候補化合物の吸収・代謝・排泄を評価・予測することは困難とされてきた。
近年、ヒト生検由来腸管オルガノイドが疾患基礎研究や発生学的研究、生理学的研究において広く応用されており、基盤技術として生物医学関連の各分野に大きなインパクトを与えている。しかしながら、これまでヒト生検由来腸管オルガノイドを用いて単層膜を作製し、薬物動態評価系としての応用可能性や機能を詳細に評価した研究は我々が知る限り報告されていない。

※1 Caco-2細胞:ヒト結腸癌由来の細胞株。Caco-2細胞における薬物透過の度合いは、ヒト生体における腸管吸収と相関するとされており、薬物の消化管膜透過性の評価に広く使用されてきた。

研究者紹介

○山下 智起 様1,2, 乾 達也 様1, 横田 純平 様1, 川上 賢太郎 様3,4, 森永 学 様5, 高谷 真仁 様5, 平山 大輔 様3, 野元 隆我 様1, 伊藤 航平 様5, Yunhai Cui 様6, Stephanie Ruez 様7, 原田 和生 様8, 岸本 航 様 5, 仲瀬 裕志 様3, 水口 裕之 様1,2,9,10

  1. 大阪大学大学院 薬学研究科 分子生物学分野
  2. 大阪大学 先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
  3. 札幌医科大学 医学部 消化器内科学講座
  4. 恵佑会札幌病院
  5. 日本ベーリンガーインゲルハイム神戸医薬研究所 薬物動態安全性研究部
  6. Department of Drug Discovery Sciences, Boehringer Ingelheim Pharma
  7. Department of Drug Metabolism and Pharmacokinetics, Boehringer Ingelheim Pharma
  8. 大阪大学大学院 薬学研究科 応用環境生物学分野
  9. 国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所肝細胞分化誘導プロジェクト
  10. 大阪大学 国際医工情報センター
Mizuguchi-labo.png

大阪大学大学院 薬学研究科 分子生物学分野のメンバー。
前から2列目右から4人目が山下様、前から2列目左から3人目が乾様、最後列右から3人目が横田様、最前列右から4人目が水口様。

方法および材料

同意を得た患者の小腸(十二指腸, 図1A)から組織片を採取し(図1B)、Satoらの方法(Sato et al. Gastroenterology, 2011)により陰窩を単離し、Matrigelに包埋した後、IntestiCult Organoid Growth Medium (Human) を加えて三次元培養を行うことでヒト生検由来腸管オルガノイドを樹立した(図1C)。このヒト生検由来腸管オルガノイドを継代・増幅した後、Trypsin処理によってシングルセルにまで乖離させ、セルカルチャーインサート上に播種することで単層膜を作製した。

Researchers32-Fig1-A.png
Researchers32-Fig1-B.png
Researchers32-Fig1-C.png

図1. ヒト生検由来腸管オルガノイドの樹立

(A)生検を採取した部位(十二指腸)の内視鏡観察像。炎症等の無い正常な上皮から生検を行なった。
(B)採取した生検組織を15 mL tubeに入れた像。
(C)ヒト生検由来腸管オルガノイドの樹立経過を位相差顕微鏡により観察したもの。左から、単離直後の陰窩、Matrigel中で10日間培養・樹立したヒト生検由来腸管オルガノイド、複数回の継代を経たヒト生検由来腸管オルガノイドを示している。

結果

形態学的評価の結果、ヒト生検由来腸管オルガノイドから作製した単層膜(オルガノイド単層膜)は円柱上皮様であり(図2A)、微絨毛構造やタイトジャンクション構造といった、生体の腸管にも見られる特徴が観察された(図2B)。腸管に発現する主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4やCES2の遺伝子発現レベルは成人小腸(十二指腸)と同程度であり(図2C)、その活性はCaco-2細胞と比較して非常に高いことが分かった(図2D)。

Researchers32-Fig2-A.png
Researchers32-Fig2-B.png

Researchers32-Fig2-C.png
Researchers32-Fig2-D.png

図2. オルガノイド単層膜の基礎的な評価

(A)位相差顕微鏡を用いて観察したオルガノイド単層膜。
(B)透過型電子顕微鏡を用いて観察したオルガノイド単層膜。画像上部に多数の微絨毛構造が、黒矢印で示す部分にタイトジャンクション構造がみられた。
(C)オルガノイド単層膜、Caco-2細胞、および成人十二指腸におけるCYP3A4とCES2の遺伝子発現レベルをqRT-PCRによって評価した。各群において、ハウスキーピング遺伝子であるGAPDHの発現を1.0として表示している。
(D)オルガノイド単層膜とCaco-2細胞における、CYP3A4(左)とCES2(右)の活性を評価した。それぞれの阻害剤としてketoconazoleとloperamideを用いて実験を行なった。

次に、dabigatran etexilateを用いた代謝試験を行なった結果、オルガノイド単層膜では、主な2種類のカルボキシルエステラーゼ(CES1・CES2)のうちCES2の活性がより高く、ヒト生体の小腸でCES2が高発現している事実と一致しており、Caco-2細胞の課題※2を解決し得ることが明らかとなった(図3A, B)。さらに、マイクロアレイにより遺伝子発現全体の傾向を解析したところ、オルガノイド単層膜は成人小腸(十二指腸)に近い性質を有していることが示唆された(図3C)。こうした結果より、オルガノイド単層膜は従来系と比較して十分高い機能を有していることに加え、ヒト生体に近い性質を保持していると考えられる。

Researchers32-Fig3-A.png
Researchers32-Fig3-B.png
Researchers32-Fig3-C.png

図3. オルガノイド単層膜と生体の類似性評価

(A)dabigatran etexilateの代謝経路図。dabigatran etexilateはCES1により代謝されるとBIBR 1087に、CES2により代謝されるとBIBR 951に変化する。そのBIBR 1087とBIBR 951は、それぞれCES2とCES1により代謝されてBIBR 953となる。
(B)オルガノイド単層膜にdabigatran etexilateを添加して代謝試験を行なった。縦軸は図3Aで示した各代謝物の生成量を示しており、BIBR 1087生成量はCES1の、BIBR 951生成量はCES2の活性の指標となる。
(C)オルガノイド (3次元培養状態のヒト生検由来腸管オルガノイド)、オルガノイド単層膜、Caco-2細胞、および成人十二指腸について、マイクロアレイにより得られた網羅的遺伝子発現データを用いて階層的クラスタリングを行なった。傾向の似たサンプル・遺伝子同士が近くなるよう配置されている。

※2Caco-2細胞の課題:主要な薬物代謝酵素であるCYP3A4の発現が低いことが大きな課題とされている。また、プロドラッグの代謝に大きく寄与する主な2種類のカルボキシルエステラーゼ(CES1・CES2)の活性について、Caco-2細胞ではCES2よりCES1が高活性であり、腸管上皮細胞よりむしろ肝細胞に似た傾向を示すことも問題視されている(ヒトの腸管上皮細胞ではCES1よりCES2が高活性である(Cui et al., Pharmaceutics, 2020))。

結論

我々の結果は、ヒト生検由来腸管オルガノイドから作製された単層膜(オルガノイド単層膜)が、次世代型の薬物動態評価系として有用であることを示唆している。また、今後オルガノイド単層膜を使用した医薬品の吸収・代謝・排泄試験が加速していくことにより、医薬品候補化合物のヒト腸管におけるふるまいを試験管内の実験によって正確かつ簡便に予測できるようになり、臨床試験等の成功率が高まる可能性がある。これにより、医薬品の研究・開発にかかる金銭的・時間的コストが抑えられ、効率的な新薬創出に繋がると考えられる。また、今回開発されたオルガノイド単層膜に関連する技術は、各種の実験基盤として腸内細菌との相互作用や炎症性腸疾患の再現など、関連分野への応用が期待される。さらに、マウス、ラットなどの実験動物を用いた試験の代替法となるため、動物実験の「4Rの原則※3」を強力に推進できると期待される。

なお、本成果は、2021年5月19日(水)に米国科学誌「Molecular Therapy - Methods & Clinical Development」(オンライン)に掲載されたものの一部である。

タイトル:

“Monolayer platform using human biopsy-derived duodenal organoids for pharmaceutical research”

著者名:

Tomoki Yamashita, Tatsuya Inui, Jumpei Yokota, Kentaro Kawakami, Gaku Morinaga, Masahito Takatani, Daisuke Hirayama, Ryuga Nomoto, Kohei Ito, Yunhai Cui, Stephanie Ruez, Kazuo Harada, Wataru Kishimoto, Hiroshi Nakase, Hiroyuki Mizuguchi

URL: https://doi.org/10.1016/j.omtm.2021.05.005

Researchers32-Fig4.png

図4. 本研究の概要

※34Rの原則:動物福祉・愛護の観点から適正な動物実験の実施を推進するための原則。
  Replacement:代替法の利用、Refinement:苦痛の軽減、Reduction:動物数の削減、Responsibility:実験者の責任、から成る。

関連リンク

関連製品

記事に関するお問い合わせ