研究者の声
2025/06/26
96ウェル 中脳オルガノイドの電気活動を指標とした化合物応答 研究者の声【45】
- 用途別細胞培養
「オルガノイド研究ハンドブック」では、腸・脳・膵臓・肝臓・腎臓・肺など各種オルガノイドの培養プロトコル、アプリケーション、文献を紹介しています。
ヒトの脳の一部を再現する脳オルガノイドは、創薬開発や化合物の安全性評価におけるin vitroモデルとして利活用が進んでいる。脳オルガノイド研究の難しさの一つは、安定的なオルガノイドの作製である。オルガノイド作製には時間を要する為、均一のオルガノイドを一定数作製することができなければ、大幅に研究が遅れることになる。また、脳オルガノイドにおける化合物評価において、神経機能である電気活動評価は必須であり、Micro-electrode array(MEA)法は、有効な評価法の一つである。
ここでは、安定的なReady to Useの脳オルガノイドである、STEMCELL Technologies社の96ウェルオルガノイドを用いた電気活動計測と、高密度CMOS-MEAを用いた化合物応答についての一部を紹介する。
研究者紹介
東北工業大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 教授
鈴木 郁郎 先生
※ 所属や役職等は掲載当時のものです
方法及び材料
STEMCELL Technologies社より送付された、培養約1か月目の形成済み 96ウェル 中脳オルガノイド(ST-200-0791, STEMCELL Technologies)を、STEMdiff™ Neural Organoid Maintenance Kit(ST-100-0120, STEMCELL Technologies)を使用してラボで3か月間維持培養した。
その後、培地を BrainPhys™ Neuronal Medium(ST-05792, STEMCELL Technologies)に変更し、中脳オルガノイドを 24ウェルMEAプレート(MED-Q2430M, Alpha MED Scientific)にマウントし、MEAシステム Presto(Alpha MED Scientific)で自発活動計測を実施した。
また、236,880電極を有する超高密度(UHD)-CMOS-MEA(Sony Semiconductor Solutions)にて、ドーパミン前駆体である 3-(3,4-Dihydroxyphenyl)-L-alanine(L-DOPA)を投与し、投与前後の電気活動を解析した。
結果
中脳オルガノイド
図1Aは、培養4か月の中脳オルガノイド切片の免疫化学染色画像である。成熟ニューロンマーカーであるMAP2、ドーパミンニューロンマーカーであるTyrosine hydroxylase(TH)の発現が確認された。中脳オルガノイドをMEA上に載せるだけで(図1B)、半数以上のオルガノイドから神経ネットワークの同期活動を示す自発活動波形が検出された(図1C)。図1Cは、一度の計測で得られた12個のオルガノイド波形を示しており、STEMCELL Technologies社のオルガノイドは、安定した機能を有していることが確認された。
図1 中脳オルガノイドの自発活動
(A)培養4か月の中脳オルガノイドの免疫染色画像。緑:Map2、赤:TH、青:hoechst33258。scale bar=200 µm。
(B)マルチウェルMEA上に配置した中脳オルガノイド。scale bar=1 cm。
(C)12個の中脳オルガノイドから取得された30秒間の自発活動波形。scale bar=5 sec。
L-DOPAによる1細胞の発火頻度変化
中脳オルガノイドを UHD-CMOS MEAで計測すると、オルガノイドとMEAとの設置面から1細胞単位の自発活動が計測され(図2A)、404個の細胞が同定された。同定された404細胞の2分間の自発活動スパイクのラスタープロットとヒストグラムを図2Bに示す。ほぼすべての細胞が同時に活動するネットワークバーストが検出され、L-Dopaの用量依存的なネットワークバーストの増強が認められた。図2Cは、404個の細胞から得られた2分間の総スパイク数を点のサイズで表した空間マップである(赤≧150%、青:≦50% vs. Before)。L-DOPA投与により活動が増強した細胞の割合は用量依存的に増加した。一方、活動が減少した細胞と変化のない細胞の割合は用量依存的に減少した(図2D)。UHD-CMOS MEAを用いることで、中脳オルガノイドの1細胞の電気活動パターンの変化に基づく化合物応答を検出できることがわかった。
図2 中脳オルガノイドの一細胞発火解析
(A)UHD CMOS MEA上にマウントされた中脳オルガノイド。sensing areaを黄四角で示す。scale bar=1 mm。
(B)L-DOPA投与前後の中脳オルガノイドの2分間の自発活動発火のラスタープロットとヒストグラム。scale bar= 30 sec。
(C)検出された404細胞の2分間の自発活動発火マップ。点は細胞体、点のサイズは発火頻度を示す。赤≧150% vs. before、青≦50 % vs. before。
(D)L-DOPA投与による発火頻度の変化。beforeと比較して発火が変化した細胞の割合を示す。赤≧150% vs. before、青≦50 % vs. before、黒=no change。
L-DOPAによるニューロン間コネクション強度の変化
中脳オルガノイドのニューロン間のコネクション強度変化を評価するために、細胞ペア毎に100 ms以内に発火したスパイク数をカウントし、zスコアを算出した。図3Aでは、L-DOPA投与前(Before)におけるzスコアが3以上のニューロン間コネクションを黒線で示し、投与後にzスコアが上昇したペアを青線で示した。L-DOPA投与により、コネクション強度は用量依存的に増加した(図3B)。zスコアの分布も、L-DOPAの用量に応じて右へシフトし(図3C)、ニューロン間の同期性の増加が示唆された。中脳オルガノイドの1細胞単位のニューロン間コネクション解析は、化合物がシナプス伝達に及ぼす影響を評価できる有効な手法である。
図3 中脳オルガノイドの神経ネットワーク解析
L-dopa投与による細胞ペア間のコネクション強度の変化。
(A)細胞コネクションマップ。黒線はzスコア3以上の細胞ペアを示す。青線はbeforeよりもzスコアが上昇した細胞ペアを示す。
(B)404細胞のzスコアのヒートマップ。
(C)zスコアの分布。
※各図は、東北工大 鈴木先生より許可をいただき掲載しました。
結論
STEMCELL Technologies社の中脳オルガノイドは、神経活動を有する安定したオルガノイドであり、Ready to Useである。UHD-CMOS MEA計測により、1細胞の発火頻度およびニューロン間コネクション強度を指標としたL-DOPAの応答を検出することができた。
1細胞レベルのオルガノイド機能解析は、電気生理学的機能の理解を助けるとともに、化合物スクリーニングに役立つと期待される。
今後は、電気生理学的な機能と構造の関係を明らかにすることで、化合物作用のより詳細な解析を進めていきたい。
参考文献
- R. Yokoi, N. Matsuda, Y. Ishibashi, & I. Suzuki. Advanced neural activity mapping in brain organoids via field potential imaging with ultra-high-density CMOS microelectrodes. bioRxiv 2025.05.24.655914
製品のご案内
今回使用したSTEMCELL Technologies 社製品
商品コード | 商品名 | 梱包単位 |
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ST-200-0791 | Human iPSC-Derived Midbrain Organoids, Differentiated | 96 Count (Full Plate) |
ST-100-0120 | STEMdiff™ Neural Organoid Maintenance Kit | 1 Kit |
ST-05792 | BrainPhys™ Neuronal Medium and SM1 Kit | 1 Kit |
参考:ヒトiPS細胞由来 中脳オルガノイド製品
商品コード | 商品名 | 梱包単位 |
---|---|---|
ST-200-0790 | Human iPSC-Derived Midbrain Organoids, Differentiated | 48 Count (Half Plate) |
ST-200-0791 | Human iPSC-Derived Midbrain Organoids, Differentiated | 96 Count (Full Plate) |
ST-200-0792 | Human iPSC-Derived Midbrain Organoids, Mature | 48 Count (Half Plate) |
ST-200-0793 | Human iPSC-Derived Midbrain Organoids, Mature | 96 Count (Full Plate) |