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研究者の声

2023/01/30

中枢神経への免疫細胞浸潤研究に有用なiPS細胞由来血液脳関門構成内皮細胞の分化誘導 研究者の声【37】

  • 用途別細胞培養

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ヒトの神経細胞が正常に機能するためには,中枢神経内の恒常性を維持する必要があり、生体では血液脳関門(blood-brain barrier: BBB)がこの役割を担っている。その本体は脳微小血管の内皮細胞に存在するとされ、中枢神経疾患では病理学的検討からBBBが破綻していることが知られている。ただし病理学的な検討では機能評価が行えず、これまではBBBを評価するサンプルが存在しないことが問題で、BBB破綻がどのように病態に関与するかが不明であった。近年の幹細胞技術の発達で、BBB構成内皮細胞がiPS細胞から分化誘導することが可能となった。2012年に初めてのiPS細胞由来BBBモデルが報告され1)、病態研究や薬物輸送能の研究などに有用であることが示されている。ただし、内皮細胞のみでなく上皮細胞の性質を有する点や,免疫細胞の中枢神経内浸潤に重要である接着因子の発現が不十分であることが認識されてきた2, 3)。そこで、我々は免疫細胞の遊走研究に有用な、接着因子の発現に優位性を持つ新規のiPS細胞由来BBB構成内皮細胞の分化誘導方法を開発した3, 4)。新規モデルは,ヒト脳微小血管内皮細胞の初代培養類似の形態、トランスクリプトーム発現,小分子透過性を有している3, 5)。また多発性硬化症を例に、同モデルが剖検脳で観察されるBBB破綻をin vitroに再現でき、BBB機能の解析、破綻機序の解明、BBBを標的とした新たな治療戦略開発に有用であることを示した6)

本検討では、培地交換頻度が少ないmTeSR™ Plusとロット間差の少ないゼノフリーな細胞培養マトリックスであるVitronectin XF™を組み合わせたmTeSR™ Plus Maintenance Set(ST-100-0276VR)を用いて、原法3, 4)と同様に免疫細胞の遊走研究に有用なiPS細胞由来BBB構成内皮細胞の分化誘導ができるかを確認した。

研究者紹介

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西原 秀昭 先生1)(写真左) 、松尾 欣哉 先生2)、永田 和大 先生3)

1) 山口大学医学部 神経・筋難病治療学講座
2) 山口大学大学院医学系研究科 臨床神経学
3) 山口大学医学部

方法および材料

末梢血単核球から作製したヒトiPS細胞を使用し、iPS細胞由来BBB構成内皮細胞への分化はiPS細胞の維持・拡大培養に使用する培地を変更した以外には過去の報告4)通りに行なった(図1)。iPS細胞をmTeSR™ Plus Maintenance Set(mTeSR™ Plus medium、ReLeSR™、Vitronectin XF™)もしくはmTeSR1™、Matrigel™、EDTA-Na2を使用して維持培養を行い、未分化細胞が維持できていることを確認した後に分化誘導を開始した(day -3)。まずは、維持培養同様の培地、細胞外基質を用いてiPS細胞の拡大培養を行い、day 0とday 1に8 μMのCHIR99201を添加したLaSR培地(advanced DMEM/F-12™+Glutamax™+L-ascorbic acid)を使用することでWnt/β-cateninシグナルを活性化し、内皮前駆細胞の分化を行い、培養5日目にCD31陽性細胞をEasySep™ FITC Positive Selection Kit II(ST-17682)でポジティブセレクションにより分離した。CD31陽性細胞をtype IV collagenでコーティングしたプレートにまき、コンフルエントまでhECSR培地(human endothelial SFM™ + B-27™ + FGF-2)で培養した。内皮前駆細胞は内皮細胞と平滑筋様細胞に共分化するため、プレートへの接着能の差異(内皮細胞と比べて平滑筋様細胞の接着が強い)を使用して内皮細胞を選択的に継代した。継代後に残った平滑筋様細胞にはhECSR培地を再度投与することで培養を続け、その馴化培地を接着因子であるVCAM-1の発現のために使用した。2 - 3回の継代でほぼ純粋な内皮細胞が採取でき、免疫染色や小分子の透過能の測定を行った。

本ページで記載している分化誘導方法を成功させる最も重要な点は、day-3のiPS細胞の播種数である。著者らは75 - 400×103のiPS細胞を12-well plateの1 wellに使用しているが、使用するiPS細胞株ごとに必要な播種数は異なるため、実験開始時には複数の条件で適した播種数を決定することが望ましい。

図1.免疫細胞遊走研究に有用なiPS細胞由来BBB構成内皮細胞の分化誘導プロトコール

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文献3)より改変。

結果

mTeSR™ Plus Maintenance Setを用いたiPS細胞の維持・拡大培養、従来法ともに、VE-cadherinを細胞間に発現する内皮細胞へ分化誘導することができた(図2)。両者ともにBBB構成内皮細胞で発現が多くみられるclaudin-5、occludinタンパクが細胞間に発現していた(図2)。小分子であるsodium fluorescein (NaFl: 分子量376)に対する透過性は0。2×10-3 cm/min以下であり、ヒト初代培養の脳微小血管内皮細胞7)に比べ低値であり、in vitroの実験に使用可能なBBBモデルであることを確認した。また、透過性はiPS細胞の維持・拡大培養の条件での差がなかった(図3)。さらには、免疫細胞の遊走に必要なICAM-1の発現が原法同等であることを確認した(図4)。

図2.バリア関連タンパクの発現比較

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図3.小分子透過能の比較

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図4.細胞接着因子の発現比較

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結論

中枢神経への免疫細胞浸潤研究に有用なiPS細胞由来血液脳関門モデルの分化誘導方法について報告した。今回の検討で、mTeSR™ Plus Maintenance Setを用いたiPS細胞維持でもmTeSR1™、Matrigel™を用いた原法3, 4)と同様の細胞に分化誘導できることが確認できた。現時点ではvivoのすべてのBBB機能を十分に反映したin vitroモデルは存在せず、BBB研究では自身の使用するモデルの利点・欠点を把握し、自分の研究目的に応じて必要なモデルを選択することが重要である。今回紹介したモデルは内皮細胞の形態やトランスクリプトーム発現、接着因子の発現に優位性があり、BBBの発達過程の研究5)、免疫細胞浸潤が関係する神経免疫6)・神経感染症・脳卒中・神経変性疾患分野などの研究に有用である。

文献

  1. Lippmann ES, Azarin SM, Kay JE, Nessler RA, Wilson HK, et al: Derivation of blood-brain barrier endothelial cells from human pluripotent stem cells. Nat Biotechnol 30: 783-791, 2012
  2. Lu TM, Houghton S, Magdeldin T, Durán JGB, Minotti AP, et al: Pluripotent stem cell-derived epithelium misidentified as brain microvascular endothelium requires ETS factors to acquire vascular fate. Proc Natl Acad Sci U S A 118, 2021
  3. Nishihara H, Gastfriend BD, Soldati S, Perriot S, Mathias A, et al: Advancing human induced pluripotent stem cell-derived blood-brain barrier models for studying immune cell interactions. FASEB J 34: 16693-16715, 2020
  4. Nishihara H, Gastfriend BD, Kasap P, Palecek SP, Shusta EV, et al: Differentiation of human pluripotent stem cells to brain microvascular endothelial cell-like cells suitable to study immune cell interactions. STAR Protocols 2, 2021
  5. Gastfriend BD, Nishihara H, Canfield SG, Foreman KL, Englehardt B, et al: Wnt signaling mediates acquisition of blood-brain barrier properties in naïve endothelium derived from human pluripotent stem cells. Elife 10, 2021
  6. Nishihara H, Perriot S, Gastfriend BD, Steinfort M, Cibien C, et al: Intrinsic blood-brain barrier dysfunction contributes to multiple sclerosis pathogenesis. Brain 145: 4334-4348, 2022
  7. Lyck R, Nishihara H, Aydin S, Soldati S, Engelhardt B: Modeling Brain Vasculature Immune Interactions In Vitro. Cold Spring Harbor Perspectives in Medicine, 2022

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