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ラーニングコーナー

2020/10/14

ヒトT細胞増殖プロトコールの最適化:増殖初期での細胞希釈の効果について

  • 用途別細胞培養

T細胞養子免疫療法は急速に発達している分野であり、患者由来のT細胞の治療的効果を最大化するため、その拡張性ある生産のために最適化されたプロトコールが必須のものとなっています。一度のT細胞養子免疫療法をおこなうためには、細胞は数十億個まで増やさなければなりません。細胞療法のためのヒトT細胞の大量調整は複雑で多くのステップからなる行程であり、望まれる形質や機能を維持しながら最大量の細胞を得るためには未だ最適化の余地が多く残されています。

この技術レポートでは、T細胞増殖の際の細胞密度の重要性に焦点を当てています。私たちの調査では、特に増殖初期においてT細胞を低密度で維持すると細胞の増殖と生存率が向上する事が示唆されました。最適化された培養プロトコールでは、10-14日間の静置培養でヒトT細胞は800倍以上に増殖し、生存率は85%を上回るものとなっています。この培養ストラテジーではXuri™ Cell Expansion System W25 (GE Healthcare)も使用して、全体的に細胞増殖を促進します。ここで記載されているプロトコールはT細胞増殖ワークフローの中で簡単に行う事ができ、最高の生存率・細胞増殖倍率を得る事ができます。

併せてこちら(https://www.stemcell.com/technical-resources/methods-library/cell-culture/mesodermal-cells/immune/optimization-of-human-t-cell-expansion-protocol-effects-of-early-cell-dilution.html)もご確認ください。

方法

T細胞増殖初期で細胞を希釈することの効果について検証するため、T細胞刺激をおこないました。刺激はImmunoCult™-XF T Cell Expansion Medium(rhIL-2添加済み)中のT細胞(1 x 10⁶ cells/mL)にImmunoCult™ Human T Cell Activatorを添加することによりおこないました。Day 3には、ImmunoCult™-XF T Cell Expansion Medium(rhIL-2添加済み)を新たに添加してT細胞培養ボリュームを2、4、8、16、または32倍に増やしました。Day 5、7にはT細胞培養のボリュームをさらに4倍に増やしました。この段階でT細胞をXuri Cellbag™ Bioreactor 2Lに撒き換えました。Day 5にはXuri Cell Expansion System W25で細胞を維持しました。T細胞はDay 10またはDay 11に回収して解析しました。

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Figure 1. T細胞分離、活性化、増殖のワークフロー
純化したT細胞を、ImmunoCult™-XF T Cell Expansion Medium (Human Recombinant IL-2 (rhIL-2) 10ng/mLにて添加済み)に1 x 10⁶ cells/mLとなるように添加します。Day 0でImmunoCult™ Human CD3/CD28/CD2 または CD3/CD28 T Cell Activators を25 μL/mLになるように添加します。Day 3, 5, 7(必要に応じてDay 7とDay 10、またはDay 10のみ)で、Figure 1の行程に従って細胞を継代します。細胞数と生存率の評価はNucleocounter® NC-250™ (ChemoMetec)とCytoFLEXTM S (Beckman Coulter)を使っておこないます。

結果

ヒトT細胞増殖における初期細胞希釈の効果

ヒトT細胞増殖における細胞密度の影響について調査するため、私たちはT細胞をDay 0で活性化しました。活性化にはImmunoCult™ Human CD3/CD28/CD2 T Cell Activator や ImmunoCult™ Human CD3/28 T Cell Activatorを使用しました。Day3において、トータルの培養ボリュームを2, 4, 8, 16、または32倍増やし、増殖全体における細胞密度の影響を検証しました。培養ボリュームを4倍と8倍にしたサンプルにおいて、増殖した細胞の活性化時の形質に影響することなく最も良好な増殖倍率と細胞生存率を認めました(Figure 2)。

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Figure 2. 全体の細胞増殖倍率はT細胞活性化後3日間の培養プロトコールによって影響を受けます
(A)Day3の時点で培養ボリュームを4倍、8倍にしたサンプルにおいて、最も良好なT細胞増殖がDay 10で確認されました。4倍にしたサンプルでは176倍、8倍にしたサンプルでは222倍の細胞増加がそれぞれ確認されました。(B) CD4陽性、(C) CD8陽性T細胞サブセットでは活性化マーカー(CD25とPD-1)の発現傾向が若干異なっており、細胞増殖の傾向やDay3におけるプロトコールの違い(培養ボリュームの違い)とも一致していません。(データは1名の代表ドナー由来)

T細胞活性化試薬(T Cell Activator)間の比較

ImmunoCult™ Human CD3/CD28/CD2 T Cell Activatorを使用して細胞を刺激した場合、培養ボリュームを8倍にしたサンプルは4倍にしたものに比べて有意に高い細胞増殖能を示しました(Figure 3A)。一方、ImmunoCult™ Human CD3/CD28 T Cell Activatorを用いた場合には培養ボリュームを8倍にしたサンプルの細胞増殖は4倍にしたサンプルと比較して有意な亢進は見られませんでした(Figure 3B)。

ヒトT細胞増殖の推奨プロトコール

上記の調査結果から、ヒトT細胞の増殖プロトコールは細胞の希釈によって最適化されたと考える事ができます(Figure 3C)。細胞は活性化の後3日後(Day3)に8倍に希釈するか、1 - 2.5 x 10⁵ cells/mLで維持する事が最善であると考えられます。その後さらにDay5、Day7で細胞の培養ボリュームの4倍希釈をおこないます。

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Figure 3.最適化された培養プロトコールにおけるImmunoCult™ Human T Cell Activator試薬の比較
T細胞はDay 0に刺激をおこないました。T細胞刺激は、ImmunoCult™-XF T Cell Expansion Medium(rhIL-2添加済)の静置培養中でImmunoCult™ Human CD3/CD28/CD2 T Cell Activator またはImmunoCult™ Human CD3/CD28 T Cell Activatorを使用することによりおこないました。トータルの培養ボリュームは、Day 3に新たに培地を加えることにより4倍または8倍に増加させました。トータル培養ボリュームはさらにDay 5とDay 7に4倍に増加させ、Day 10まで培養を行いました。最初の播種細胞数に対する累積細胞増殖倍率とDay 10でのトータル細胞増殖倍率について解析しました。(A) ImmunoCult™ Human CD3/CD28/CD2 T Cell Activatorを使用した場合、Day 3に培養ボリュームを8倍にすることにより細胞増殖が亢進し、全体で405 ± 174倍(平均± SD、n=14)に増殖しました。Day 3で培養ボリュームを4倍にしたサンプルでは、240 ± 90 倍の増殖が見られました。(*p < 0.0001, paired t-test) (B) ImmunoCult™ Human CD3/CD28 T Cell Activatorを使用した場合、Day 3で培養ボリュームを8倍、4倍にした場合の細胞増殖倍率はそれぞれ、150 ± 95倍、 186 ± 165倍となりました。(平均± SD、n=14)(図中のnsは、paired t-testで有意な差が見られなかったことを表しています)(C)ImmunoCult™試薬を用いたヒトT細胞増殖の推奨プロトコール 。

Xuri™ Cell Expansion Systemを用いたヒトT細胞の増殖

治療のためのT細胞を数十億個得るには、制御された環境の下に細胞を大容量で培養する必要があります。上記のT細胞増殖の最適化プロトコールは、細胞治療商業化のために作られた閉鎖系でT細胞を増殖させるためのXuri™ Cell Expansion System W25にも適合しています。

T細胞はまず、Figure 1に示された方法に従い細胞培養フラスコに播種しました。Day 3(細胞培養3日目)になったら新しい培地を添加して培養ボリュームを2, 4, 8倍に増やしました。その後Day 5に細胞をXuri™ Cellbag™ Bioreactor 2Lに移しました。Day 3に培養ボリュームを8倍にしたサンプルで最も高い増殖倍率となりました(Figure 4)。

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Figure 4. Xuri™ Cell Expansion System W25を用いたT細胞増殖においても、初期に細胞濃度を希釈することにより増殖が最適化されます
純化したT細胞を培養フラスコに1 x 10⁶ cells/mLで播種し、ImmunoCult™ Human CD3/CD28 T Cell Activatorで刺激をおこないました。培養3日目に新しい培地を添加して培養ボリュームを2, 4, 8倍に増やしました。その後Day 5に細胞をXuri™ Cellbag™ Bioreactor 2Lに移しました。Figure 1に示された方法に従い、フレッシュな培地による灌流培養をDay 8に開始しました。その後培養を11日間おこない、Day 3でボリュームを8倍に増やしたサンプルで最も高い増殖倍率(263倍)が見られました。生存率については希釈倍率の違うサンプル間で差がありませんでした。

増殖したT細胞の形質

細胞治療製品が効果を発揮するためには、T細胞の数だけでなくその形質も非常に重要です。例えばマウスのモデルでは、高度に分化してしまったT細胞サブセットよりも、分化が最小限のT細胞(ナイーブT細胞、ステムセルメモリーT細胞、セントラルメモリーT細胞)の方がより優れた抗癌活性を示す事が示唆されています 1 。 ImmunoCult™試薬のみを使って静置培養した場合や、同試薬をXuri™ Cell Expansion Systemの中で使用した場合、増えたT細胞の大部分はCD62LとCD45ROを共発現したセントラルメモリーT細胞の形質を示しました(Figure 5)。

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Figure 5.刺激の後にImmunoCult™試薬により増殖したT細胞の大部分はセントラルメモリーT細胞の形質(CD62L+CD45RO+)を示しました
純化したT細胞はImmunoCult™ Human T Cell Activatorで刺激し(Day0)、ImmunoCult™-XF T Cell Expansion Medium(rhIL-2添加済)で10日間培養しました。得られたCD4陽性およびCD8陽性細胞のサブセットの構成を、(A)両ImmunoCult™ Human T Cell Activatorを用いて静置培養した場合(n=2、FACSプロファイルはImmunoCult™ Human CD3/CD28/CD2 T Cell ActivatorでT細胞を刺激したときのもの)、(B) GE Xuri Cell Expansion System W25 でImmunoCult™ Human CD3/CD28 T Cell Activatorを使用した場合(n=1)それぞれについてまとめました。細胞刺激試薬や増殖プロトコールの違いにより、マーカー分子の発現に違いが認められます。

論考

細胞療法のためのT細胞を生産するため、最適化されたプロトコールを持つことは重要です。本技術レポートにお示ししましたように、私たちは、T細胞増殖を最適化の決め手となる細胞刺激後の細胞濃度を同定しました。

私たちの調査により、増殖の初期にT細胞を低い細胞濃度で維持する事により細胞増殖や生存率が向上する事が明らかになりました。また、T細胞増殖プロトコールの最適化には、Day3に培養ボリュームを調整する事がポイントである事が判明しました。刺激後3日では、CD25やPD-1の発現から分かるようにT細胞は高度に活性化していますが、有意な増殖亢進は見られません(Figure 2)。私たちは、この時点で細胞濃度を低くすることにより、個々の細胞が刺激を受けた後に利用できる養分やスペースが増えるために細胞増殖が亢進するのではないかと考えています。一方で細胞濃度を下げすぎると、増殖や生存をサポートするオートクライン分泌性の生存因子、細胞間接触が低下してしまいます。

研究者が細胞増殖のプロトコールを最適化する際には、遺伝子改変についても考慮しなければなりません。治療のためにT細胞を増やす際には、ウィルスベクター 2 や遺伝子編集ヌクレアーゼ 3 によりおこなわれる遺伝子改変がしばしば必要となります。これらの操作が最適な培養条件にどのような影響を与えるかについては今後の検討課題です。

この技術レポートで示したプロトコールにより、スタート細胞数(T細胞サブセット)、サイトカイン、成長因子などT細胞増殖に影響しうる因子の影響を検証するための基本的な枠組みを得る事ができます。最適な培養ボリューム増加量はこれらの因子によって変化するため、研究者の方々には自身のプロトコールに合った増加量を検討して頂くことをお勧めします。最終的に、よく検証され最適化されたプロトコールを持つことは、規格化の欠如などを含めたT細胞療法におけるいくつかの主な課題を解決する助けとなります。

T細胞分離、活性化、増殖用試薬類

下記の細胞分離、活性化、増殖用試薬を、お客様のT細胞療法研究や細胞の商業利用の最適化にお役立てください。
詳細はwww.stemcell.com/t-cell-therapyまで

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STEMCELL TechnologiesはGE Healthcareと協働してこれらの商品をcGMPグレードで生産し、クリニックでの利用にも対応しています。これらの製品はAncillary Materials (AM: 製造関連物質)のUSP <1043>に従った細胞療法アプリケーションにご使用いただけるようデザインされております。
新薬臨床試験開始申請(Investigational New Drug: IND)や臨床試験開始申請(Clinical Trial Application)での適格化をご検討の際には弊社営業担当までご連絡ください。

参考文献

  1. Gattinoni L et al. (2011) A human memory T cell subset with stem cell- like properties. Nat Med 17(10): 1290–7.
  2. Li G et al. (2017) Gammaretroviral production and T cell transduction to genetically retarget primary T cells against cancer. Methods Mol Biol 1514: 111–8.
  3. Osborn MJ et al. (2016) Evaluation of TCR gene editing achieved by TALENs, CRISPR/Cas9, and megaTAL nucleases. Mol Ther 24(3): 570–81.

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